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阪神大震災12年で思うこと
2007年01月17日
本日、阪神淡路大震災が起こって12年目の日、だそうです。
ラジオで「地震とボランティアの日」としきりに言っていた。
阪神大震災の日のことについては、なかなか忘れられない。
(そのことについて話したり書いたりすることが、偽善のように感じてずっと出来ないでいたけど、もうそろそろ書いてもいいだろう、と思うので書く事にする。)
その頃はまだ大阪の実家に暮らし、2階で寝ていた私は、激しい揺れで目覚め、気がつけば階下で母が必死な声で家族の名前を呼んでいたのを覚えている。
幸い、実家が古い木造家屋ながらもなんとか持ちこたえてくれ、家族全員無事だった。
そしてその後、私は電車に乗り(なんと京阪電車は当初普通に走っていた!)大阪の本町にある会社へ普通に出勤したのだ。
今思い出しても考えられないけど、あまりに誰も出勤してこないので「何で?」と思っていたのだ。
そのうち、武庫之荘に住んでいる同期から会社宛に連絡が入り、「何でそこにいるの!!」と言われ、会社のテレビでニュースを見たという…。阪神高速が倒壊したり、神戸が壊滅したりしている状況を、同じく何故か会社にきていた人と共に見たテレビで知った私は、文字通り愕然とした。その日はどうやって自宅に帰宅したか、あまり覚えていない。
その2日後、芦屋の自宅が倒壊した知人に水と食料を届けるため、塚口あたりから芦屋まで歩いていく途中(確か片道4時間くらい)に見た光景は、生涯忘れることはないだろう。
自分たちが「永遠に続くもの」と思っている毎日が、安心が、こんなにも簡単に崩れてしまうんだということを目の当たりにした私は、「知ってしまったこと」にショックを受けた。
自分が、
「助けられない人が埋まっているかもしれないから、倒壊した家屋の側には寄らないでおこう」
「(ショックで狂ってしまった人や、家族を亡くして呆然としている人など)
見てはいけないものがあるかもしれないから、下を向いて歩こう」
と漠然と思いながら、ただ黙々と足元を見ながら歩いていたのを覚えている。
また、その後しばらくは
「関西にすんでいながら、助かったこと」
「家族全員無事でとくに被害を受けなかったこと」
の後ろめたさに悩んだ。(家族や身近な友人を亡くした人は皆比べものにならないほど、そう感じていたと思う。)
ここまで思い出して(自分に対して)かなりブルーになったけど、何より私が阪神大震災から学んだこと、それは
「人ってすごい。」
っていうこと。その後のボランティア活動や、回復していく友人知人を見ていて思ったのは、とにかく
「人間ってすごいんだ。」
っていうこと。良きにつけ悪しきにつけ、人間の底力はすごい。たくましい。
強烈にそのことを感じたことは生涯忘れないでおこう。
あれが欲しい、これが欲しいと思ってみたり、他人と自分を比べてしょっちゅう落ち込んだりしている毎日だけれど、「今なくしたら困るほんとうに大事なもの」を本当に大事にして、そのことに感謝できる毎日をすごそう。
そしてその感謝をきちんと形にあらわそう。
私を生かしてくれる、周りの人たちにすこしでも還元できますように。
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