- カテゴリ:8.仕事について
いつでも評価される側だと認識すること
2007年12月06日
今日なんとなく考えたことを自分用にメモ。
今日は、画面デザインを担当していたソフトウェアのアップグレード版の発売日だったので、なんだか緊張して時を過ごした。
何故ならそのソフトウェアは、(辛口評価の多い)某掲示板で独自板ができるくらいのソフトウェアで、デザインの善し悪しの反応がダイレクトに返ってくると思われたので。
でソフトウェアが発表された後、おそるおそる掲示板を見てみたところ、幸いデザインに関する反応は0だった(ホッとした〜)。
ところが機能に関するコメントは発売後すぐ(ダウンロード公開直後)から
「ここの機能は、機能を使わない時はしまえるようにしてほしい」
「この機能があるともっと良かった」
「次にバージョンアップするならココをこうしてほしい」
と続々と意見が寄せられていて、ホントびっくりした。
ユーザーの意見ってすごい。
ユーザーの意見ってありがたい。
正直、開発者としては
「マシンスペックなどの環境の問題をソフトウェアのせいにしないで」
「正しい使い方を試す前に、『使えない』とか書かないで」
等々、色々辛い思いもあるのだろうけど、反応がダイレクトに返ってくる掲示板の存在はプレッシャーである反面、とっても有難いだろうなと感じた。
で。
私も日々ウェブのデザインをする上で、もっとユーザーの反応を意識した方がいいのかなと感じた。(制作しているサイトユーザーの反応を見られるサイトは多くはないので)少なくとも、ユーザーの存在や行動をもっともっと考慮したウェブサイトのデザインをしなくては。
何が言いたいのかというと、最近よその人たちが作ったウェブサイトを見たり使ったりする時に『あぁ、このサイトは作り手がこう作りたかったからこうなったのね』と思うサイトが侭あって。
制作会社が受賞を狙うために、もしくは注目を集めるために必要のない(と思われる)技術をフルに使っていたり、「同業者」や「広告代理店」好みのものに仕上がってたりするサイトがまさにそれで。
(新技術を使って制作していく事も必要だと思うし)受賞狙いはいいのだけれど
『で。ホントにこのサイト、ターゲットユーザーは使うんですか』
『一体誰がその機能を欲っしてるんですか』
と問いたくなる時がある。
クライアントに評価されたり話題にあがることが重要なのかもしれないけど、あまりにも作り手のエゴが見えるウェブサイトは、見ててちょっとツライ、と私は思う。
機能はあたらしくても、スキップされていたり。
デザインすごくかっこよくても、使われていなかったり。
「じゃぁ、どうすんのよ?」って感じだけど、要は
『自分は作り手ではあるけれど、ユーザーとしての普通の視点を忘れたくないな』
ってこと。
勝手に流れる重いムービーとか、勝手に流れる音声とか、すごい展開とか。
『押し付けられる情報』は、ユーザーにとっては不要なものであることを再認識して。
今自分が作っているサイトは自分が使うとしたらどう感じるか、
繰返し使いたいと感じるか、を常に確認すること。
最近、思考を停止した仕事の仕方をしている時があったので自戒の念もこめて、自分も制作者として
常にユーザーに評価される側であることを再認識しようと。
クライアントに評価されても、
たとえ高額なギャランティをいただいても、
ユーザーに使われないウェブサイトを作るのはサミシいもんね…。
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